我々の成長過程で多大なる影響を与えたのは、梶原一騎と萩原健一でした。いつもは松田優作がショーケンの真似をばかりしていましたが
今度ばかりは松田優作と同じように病気のことは誰にも知らせないようにしていたとのこと。偶然、傷だらけの天使の中のいろんな曲を
ギターで練習していたのでびっくりしました。テレビドラマ 傷だらけの天使 はショーケンの出世作でドラマのテーマ曲のシーンは、ショーケンの案でイタリアの
マルチェロマストロヤンニの映画 最後の晩餐 というデカダンな作品を真似して作ったものなのです。当時二枚目俳優しかいない時代に初の三枚目の俳優で主演を持ち込んだのもショーケンです。
それはのちの 前略おふくろ様 につながっていきます。それらを踏襲したのが松田優作です。水谷豊は違った方向を選んで成功しています。
動画のドラム缶の中は水谷豊です。ショーケンの相手役は最初に日野正平に決まっていたがどうにも合わないのと彼のスケジュールが忙しすぎるとのことで
スポンサーの反対を押し切りショーケンの推薦で 太陽にほえろ の第一話で共演した水谷豊が代役になりました。
全く期待のされていなく視聴率が悪かったらいつでも打ち切りで、だから好きなことをやってもいい……というドラマは、初回4%から25%に跳ね上がり
当時の若者(特に男の子)に多大なる影響を与えました。期待のされていない作品という点ではジェームズディーンのジャイアンツに制作過程の流れがとても似ています。
当時のトップスターエリザベステーラーが本命の クレオパトラに出ながら、おまけのつもりでジャイアンツに出ていてこれがふたを開けたらジャイアンツがものすごい
人気の映画になったのです。だからかショーケンはジェームズディーンを崇拝していました。68歳という若さで…お悔やみ申し上げます。